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コラム

打上花火を見て♪

カテゴリ: コラム 作成日:2022年07月25日(月)

 打上花火といえば、夏の風物詩の一つですよね。

実は、先日、打上花火をみてきました。

花火が打ち上げる音や、夜空に咲く様は、夏を感じますし、ただただ素直に綺麗だなとも思いますし、少し感動もしてしまいます。

 

花火に限らずですが、「綺麗なもの」や「美しいもの」って、なぜか惹かれませんか?

意識しているかどうかは別にして、なぜなんだろうと調べてみますと、

それについて書いてある本がありました。

(参考 人はなぜ「美しい」がわかるのか (ちくま新書) 著者橋本 治)

 

その本では、「綺麗なもの」「美しいもの」と人間が感じるものには、大きく2つのタイプがあって、

1.「合理的・理性的」な美しさ

2.「非合理的・感情的」な美しさ

と分別できるようです。

 

1については、絵画とか彫刻とか均整の取れたものを指すようです。

つまり黄金比などもここに該当するので、美人やイケメンといった人の美醜に関するものも、これに該当するのかもしれないですね。

 

2.については、風景とか自然のものに触れた時に感じるものを指すようです。

 

そして、綺麗だなと感じる根底には、「侘しさ」や「やるせなさ」というものが根底にあり、

つまり「寂しさ」があるのだそうです。

 

1については、「寂しさ」というものは、私自身、あまり感じませんが、たしかに、2については、なるほど、そうかもと感じました。

 

「桜を見て」、「夕日を見て」、「紅葉をみて」とか、綺麗だなと思うものには、言われてみれば、少し感傷的な気持ちが根っこにあるような気もします。

綺麗な風景をみて、綺麗だなと思うと同時に、そこには寂しさが同居しているからこそ、感傷的な気分にあるのだと思います。

 

そして、それ故、「綺麗なもの」「美しいもの」を見に行くときは、恋愛対象の人が多いのだそうです。

たしかに「夜空を一緒に見に行こう」や「花火を一緒に見に行こう」という言葉は、恋愛対象の人に言う場合が多い気もしますよね。

 

つまり、美しいと感じるものには、寂しさがあるため、その寂しさを埋めるように恋愛対象の人と行きたくなり、また「美しさ」の共有をしたくなるのだそうです。

 

寂しがり屋さんや、そうでもない方等、色々いらっしゃるかと思いますが、総じて、人として本能的に寂しさを埋めることのできるパートナーを探し、それが恋愛につながるのかもですね。

 

「綺麗なもの」「美しいもの」を一緒に見に行きたい、美しさの共有したいと思う事は、理屈ではなく本能のような気がしますから、なんとなく納得してしまいます。

 

皆さんは、「綺麗なもの」「美しいもの」を一緒に見に行くなら、どなたを思い浮かべますでしょうか。

 

その思い浮かんだ方が、恋愛対象の「運命の人」なのかもしれませんね♪

 

少し、話がずれましたが、打上花火は、風景等の2の要素だけではなく、人工物を打ち上げますから1の要素も混じっていて、そう考えると少し特別な「綺麗なもの」って感じがしませんか?

 

今年は、コロナ禍で中止していた花火も再開されつつありますから、気になっている方に、

一緒に花火を見に行かない?とお誘いしてみてはどうでしょう?

 

もし一緒に行くことになれば、その時点で、お互いにとって恋愛対象の人になっているのかもしれませんね♪

 

 

 

 

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